ねむってしまった親方はいつしか、
こどものころのゆめをみていました。
おばあさんとふたりですんでいた
そまつないえには、
すっとんとんのおへやがひとつ。
欠けたおわんがのったちゃぶだいがひとつ。
そこにとつぜん、たよりないひき戸があいて、
はいってきたひとりのこども。
それは、おさないころのじぶんだと、
親方はゆめのなかできがつきました。
こどもが、おばあさんのねどこで
ただいまとこえをかけると、
「ぼうや、またるりいろ石さがしかい。
たいへんだったね」
「おばあさん、ごめんね。
きょうもかたいパンしかかえなくて」
こどもがいうと、おばあさんはささやくように
「いいんだよ」とうなずきました。
そうしておもむろに、こうつづけます。
「どうやら、ぼうやとおわかれるするときが
きたかもしれないねぇ」
「え?」
こどもは、おわかれということばを
しゅんかんにはりかいできずに、
おばあさんのかおをじっとみつめるばかりでした。